The Little Sanctuary

彼らのためにささやかな聖所となった。(エゼキエル 11:16)

なぜモーセはヨルダン川を渡れなかったのか。  

 

現在、TCUに編入したての私は、聖書に関する基礎的な授業を中心に学生教員入り混じった形での交わりや様々な授業以外の霊的な刺激に日々学ばされています。最近では念願であった野菜作りを始めることができました。TCUには農業サークルがあり、小さい農園ではありますが土いじりを勉強の合間にできるのは何ともよい時間です。サークルの先輩方は初心者の私を優しく受け入れてくださったのですが、その勢いでなぜかいきなりリーダーに指名されたのは何かの間違いではないかと不思議に思いつつ、仲間との共同作業に心躍らされる日々です。トマトやキュウリの異常な成長のスピードを見ていると神の土に秘めた命の源を、手を土に汚すたびに感じることができます(大げさでしょうか)。

TCUの生活においては聖書を伴うということは必須のことではないでしょうか。毎日聖書を観念的に読むのではなく寮生活や、授業、教会実習すべてにおいて聖書を通して考え行動し葛藤するというすることが求められると実感しています。それは自らの聖書を実践できない罪深さに直面する日々であるということでしょう。聖書の「身読」ということが西洋のキリスト教文化に育った私自身僅かでもできているのかという問いの前にやはり無力だと言わざるを得ません。周囲では、オンラインの礼拝や集まっての祈祷、賛美の自粛もスタンダードになってきたように感じます。そんな状況に、私自身少しの痛みすら感じなくなってきている恐怖が体感的に日々私を襲います。礼拝は主イエスが弟子たちや罪人と囲んだ食卓(愛餐)に原型があり極めて「身体的」な営みであることに、あまりにも説教に比重を置いたプロテスタント教会は目を向けにくくなっているのではないかと一神学生は恐縮にも危惧しています。TCUでも感染症対策をしつつ寮生活と食事、入浴、また少しずつではありますが授業も対面での対応に戻りつつあります。礼拝や祈りというものもそれに先立って身体性を取り戻すべき営みであることは確かです。そんな葛藤の中で神学をすることには正直通常にはないキツさがあります。その葛藤やそれに伴う緊張感のあるコミュニケーションに目を背けず途上を歩めるよう祈っていく最中にあります。

 

さて、今学期では旧約聖書の授業でモーセ五書の通読を課題として課されているのですが、皆さんもお気付きのようにモーセ五書は速読ができるような安易な文体でもなければ内容でもありません。読みやすい物語の部分を凌駕する律法や規定文の数々に熟読を諦めた方々も多いのではないでしょうか。今回は私なりにじっくり数冊の注解書を傍らに置きながら難解とされるレビ記から意味を吟味しながら読んでいき、昨日やっとの思いで創世記から申命記の最後まで読了しました。やはり聖書は何度読んでも新しい発見があります。恵みとして新しく今回読んだ部分から私に語りかける聖書のテーマが与えられました。それは「モーセはなぜヨルダン川を渡れなかったのか」というテーマでした。殺人の過去を背負いながら逃避先で一生を過ごそうと思っていた老齢のモーセは、ただ神の一方的な召しによって、それも劇的な形で召し出され、六十万以上の奴隷の民イスラエルの解放を指導することになりました。イスラエルの「約束の地」カナンを目指して民は歩み始め四十年という月日をかけてモーセはその民を導くという勤めを果たそうとしていました。しかし、そんなモーセに神はあまりにも残酷な言葉をかけるのです。

 

主はモーセとアロンに向かって言われた。「…それゆえ、あなたたちはこの会衆をわたしが彼らに与える土地に導き入れることはできない。」(民数記20章12節)

 

民数記によると神のこの言葉の原因となった「メリバの水」事件はイスラエルの民が出エジプトしたその年から四十年を数える旅も終盤の頃であったと確かではありませんが推定することができます(民数記20・33章ミリアムとアロンが死んだ年)。それまで神と民の板挟みにあいながらも神に忠実に民を導いてきたモーセに対して、最後の最後で約束の地に入れない、つまり目標を達成できないと神は宣告するのです。神はこれまでモーセと顔と顔を突き合わせ時には激しい対話を繰り広げながらも共に歩んできた関係ではなかったのでしょうか。それに、聖書に記されるメリバの水事件の内容から、その他のどの罪にも勝る悪質性はそこまで感じられないのです。なぜ神はこの事件でモーセを見限ったのでしょうか。

 実は、この事件において誰に原因があったのか民数記申命記ではニュアンスが違います。

 

主はモーセとアロンに向かって言われた。「あなたたちはわたしを信じることをせず、イスラエルの人々の前に、わたしの聖なることを示さなかった。それゆえ、あなたたちはこの会衆を、わたしが彼らに与える土地に導き入れることはできない。」(民数記20章12節)

 

主は、あなたたちのゆえにわたしに対しても激しく憤って言われた。「あなたもそこに入ることはできない。(申命記1章37)

 

民数記では神がモーセモーセ自身の不信仰を、約束の地に入れない原因としています。しかし、申命記ではモーセが不信仰な民のゆえに、約束の地には入れないと語っているのです。この二つのニュアンスは見落としてしまいそうですが大きな違いではないでしょうか。神とモーセどちらの言葉を優先するのか、それは迷う必要はないのかもしれませんが、今回はモーセのこれまでの神への服従や、事件の内容と悪質性を照らし合わせると、そう簡単に見過ごすことはできないように感じます。この原因を考える上で一説として有名なのは、モーセは神に「岩に命じろ」と命じられていたのにもかかわらずモーセは自分の経験則から「岩を打って」しまった、そこにミステイクがあったという説明がなされます。確かにその説明には説得力がありますが、ではなぜモーセ申命記において自らの罪を認めないかのような訴えをするのでしょうか。この説明をふまえても直感的にモーセに同情してしまう自分がいます。しかし結局のところ、そこには神とモーセの間にあるより深い神の裁きと配慮が見えにくい形で存在しているのではないでしょうか。この真相は最後まで私たちには知りえないのかもしれません。主の前に自らの罪を示されるとき、それは第三者が客観的判断を下したり、裁けるような単純なやり取りで終始するわけがないのです。神と人間の間ではイエス・キリストを通して「隠れた事柄」を扱う大いなる裁きと配慮が行われるのです(ローマの信徒への手紙2章16節)。実際、モーセ福音書において主イエスと親密に語り合っていたとすべての共観福音書は語っています。(マルコ9章/マタイ17章/ルカ9章)モーセに語りかける主イエスの顔は冷酷な裁きを下す表情ではなかったはずです。神の、モーセに対するこの宣言には神の大いなる配慮と癒しのメッセージが隠されているといえないでしょうか。そして、そこから神の裁きに隠された意味についても検討することができる思います。そんな可能性に希望を抱きつつさらに検討していきます。

 

・大いなる納得を得たモーセ

モーセはそれまでのイスラエルの長としての過去を持ちながら最後の最後で神に目的の自己による達成の断念を言い渡されたことにどんな反応をしているのでしょうか。はじめてモーセへの神の残酷な宣告の記載がある民数記20章では神による宣告の記載があるだけでそれに対するモーセの応答は記載されていません。申命記1章においても同様です。モーセはこの宣告に黙って従ったのでしょうか。否、モーセ申命記の後の箇所においてそのことを願い出ているのです。

 

わたしは、そのとき主に祈り求めた。「わが主なる神よ、あなたは僕であるわたしにあなたの大いなること、力強い働きを示し始められました。あなたのように力ある業をなしうる神が、この天と地のどこにありましょうか。どうか、わたしにも渡って行かせ、ヨルダン川の向こうの良い土地、美しい山、またレバノン山を見せてください。」(申命記3章24-25節)

 

この言葉がモーセから出されていることには人間らしいモーセの姿を見ているようで、私自身安心する気持ちがあります。やはりモーセはそれまでの民を率いてきた来し方や苦労、そして神との歩んできた記憶の中で、四十年来の目標であった「ヨルダンの川渡」を諦めねばならないのです。ここまで来て…なぜ… まだ二十余年しか生きていない私には想像できないほどのモーセの葛藤と落胆の前に沈黙させられます。齢百二十歳となったモーセのはらわたからの叫びに神は次のように答えます。

 

しかし主は、あなたたちのゆえにわたしに向かって憤り、祈りを聞こうとされなかった。主はわたしに言われた。「もうよい。この事を二度と口にしてはならない。ピスガの頂上に登り、東西南北を見渡すのだ。お前はこのヨルダン川を渡って行けないのだから、自分の目でよく見ておくがよい。…」(申命記3章26-27節)

 

モーセはしつこく神に願い出ていたのかもしれません。神はこのことについて怒り、憤り「もうよい」(新共同訳)「もう十分だ」(新改訳)と話を切り上げてしまうのです。しつこく神に懇願するイスラエルのリーダーの姿は創世記において重要な場面で描かれています。ソドムを滅ぼそうとした神とそれを宥めるアブラハム(創世記18章)、ヤボク川において祝福をもらうまで決して神から手を離さなかったヤコブ(創世記32章)。執拗な神への懇願は創世記においてターニングポイントとなり神の判断にさえ影響を及ぼしてきました。ではなぜモーセの懇願には神は取り合わなかったのでしょうか。

 

私は神が激しく憤りながら「もうよい」「もう十分だ」とモーセを突き放したように思える言葉に目が離せないのです。そこには人間らしく感情を露にしながらモーセと向き合う神の姿を見ると同時に、憤りの中においてでも神の大いなるモーセへの癒しのメッセージを読み取ることができるのではないでしょうか。神の「もうよい」という言葉には、解放の宣言があったと仮定できないでしょうか。モーセは神に召されてから民の要求に答え続け、神への深い忠実を示しながら四十年の旅路の達成を心待ちにしていました。それはどこか自分の一生を美しく終えたい、自分の権威を決定的なものにしたいという誘惑にモーセをもってしても囚われていたのではないでしょうか。そんな自己達成の思いに囚われていたモーセに神は「もういいんだよ」と「あなたへの恵みはわたし(神)だけで十分ではないか」と真の平安を伝えようとしていたのではないでしょうか。神の怒りに秘められて多層的であり一貫性のある両義性に気付かされます。目に見えるヨルダン川の向こうの肥沃なカナンの大地はモーセにとってあまりにも魅力的でした。神に代わるほどのモーセの目標、野望となっていたのかもしれません。「わたし(神)以外を求めることのむなしさ」を神もはらわたからモーセに叫び訴えていたのだと思います。

 

同じ問いかけを受け、神だけを求める根源的な生き方に静かに納得させられた信仰者が旧約聖書に何人か登場します。その一人としてアブラハムがいます。アブラハムは異教を信仰していたテラの一族から、モーセと同じように神に一方的に召し出されました。老齢になるまで神の契約(子孫を星のように繫栄させる)が遂行される兆しすら見せられず、徹底的に神を求めることにしか一生の目的を得られないような日々でした。しかし、根拠を持たなくともひたすら自らを空っぽにし、従順を示した時(大いなる納得の中に入れられたとき)アブラハムにはイサクが与えられました。だからこそ、モリヤの山における息子イサクの奉献の記事が創世記において異様な静けさを持ったのです。

 

その時、この物語を読む人にはほとんど信じがたいことが示されます。…これらのことの後、神はアブラハムを試みて彼にいわれた、「アブラハムよ」。彼は言った「ここにおります」。神は言われた、「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」。この言葉が示す恐るべき内容は説明するまでもありません。それはいかなる理解も拒絶する不条理で、かつ非人間的な内容を持っております。けれども私は考えるに、心の一番底でアブラハムは、ああやっぱりそうかと思ったことと思います。そうでなければこの創世記の物語全体がわからなくなるのです。(「アブラハムの生涯」森有正/日本基督教団出版)

 

フランス文学者森有正はモリヤの山でのイサク奉献の記事が、その内容に対してあまりにも聖書に静的に描かれていることに目を留めます。ヤコブエサウとの再会場面や、ヨセフの兄弟との再会場面は非常に感情描写が豊かです。それなのにこの場面には誰の感情描写もありません。では、ここでは聖書記者が劇的な登場人物の感情や言行を省略して聖書に描いたのでしょうか。森はそうではなく、全き神への従順に生きたアブラハムにとって自己目標への希求など皆無であり事実どの登場人物においても静的な出来事であった、というのです。アブラハムはイサクが与えられたことすら自分のこととして喜ばなかった、と森は聖書にアブラハムの感情表現が書かれなかったことから意味を抽出するのです(これは少し誇張しすぎな気がしますが)。

 

また、ヨブはどうでしょうか。神から「正しい人」とお墨付きをもらいながらもすべてを奪われ、神に訴えたヨブ。ヨブほどに喪失や簒奪を経験した人物なら何か神からの報酬や回復がもたらされてもいいような気がします。しかし、ヨブが失った七人の子どもは最後まで帰ってくることはありませんでした。ただ、神の経綸に対して自らが決して到達できないという自覚を与えられることで大いなる納得と平安を得たのがヨブだったといえます。(ヨブ記38章2節)

 

モーセもこれらの旧約聖書の信仰者に見られる大いなる納得に導かれていったのではないでしょうか。目に見える物質的な目的から、それ以上の何かを神からの「もうよい」という叱責において得たのではないでしょうか。実際モーセはこの神の叱責と同時に命じられたヨシュアの任命を受け止めそれを遂行しました。モーセの内にアブラハムやヨブに与えられた大いなる納得と平安がもたらされたのでした。

 

この、物質的な目標からそれ以上の真理への希求にモーセの目的は変化しているということは、旧約聖書から新約聖書への変化にも重なります。カルヴァン旧約聖書新約聖書の連続性が問われていたことに対する弁証を語る中で、その連続性を表しながらその変化について以下の趣旨のことを語ります。

 

新約聖書は特に不可視の事物に関して旧約聖書よりもはるかに明晰である。旧約聖書には不可視で感知できる事物にとらわれる傾向があって、これが、そうしたものの背後にある不可視の目標や希望や価値を曖昧にしてしまう。カルヴァンはこの点を、カナンの地を例にとって説明する。旧約聖書には、この地上での所有がそれ自体で目的であるかのように見る傾向がある。ところが新約聖書はこれを天において信仰者のために用意されている将来の相続財産の反映と見る。(「キリスト教神学入門」A・E・マクグラス

 

この大まかな説明においても旧約から新約への変化はモーセの内に起きている変化に重なる部分があるのではないかと思うのです。召された時のモーセは老齢であったためアブラハムのような従順からくる静けさにおいて誰よりも優れていたのかもしれません。しかし四十年の指導者としての歩みはあまりにも長すぎて、目に見える自己目標を掲げるには十分な年月でした。実際に得ようとしている蜜と乳の流れる大地にそれに近づけば近づくほどに心を躍らせたでしょう。しかし、モーセは始めに自分には何もないと思わされ嫌々ながら召されたその瞬間に、また神の怒りによって引き戻されたのです。モーセの内に物質的なものへの目線から、もっと高度なものへの目線の転換、つまり旧約から新約への転換が起きたのです。そんなモーセ新約聖書においても主イエスと語らうという重要な場面で再登場するのです。

 

モーセは自らの死がもたらされることを知ってか知らでか、約束の地をヨルダン川越しに臨むことができるネボ山を静かに登っていきます。その姿は、アブラハムがモリヤの山をイサクと静かに登った場面と重なります。その最中、聖書には描かれなかった二人の心にあったものは何だったのでしょうか。そして、ネボ山の頂に立ったモーセの目線の先にあったのはなんだったのでしょうか。それは、西に臨む到達しえなかった憧れの地をじっと眺めていたというよりは、これまで神と歩んできた足跡ともいえるシナイからの大地を眺め、思いを致していたのではないでしょうか。死ぬ直前モーセの心を支配していたのは、悔しさやむなしさではなく、神と共にあったことへの感謝と満たされた思いであったのではないでしょうか。私にはそう思えてなりません。

 

モーセはモアブの平野からネボ山、すなわちエリコの向かいにあるピスガの山頂に登った。主はモーセに、すべての土地が見渡せるようにされた。ギレアドからダンまで、ナフタリの全土、エフライムとマナセの領土、西の海に至るユダの全土、ネゲブおよびなつめやしの茂る町エリコの谷からツォアルまでである。(申命記34章1-3節)

 

そして、モーセはだれも知ることのない場所に葬られました(申命記34章6節)。モーセに自己達成の念を投影していた多くのイスラエルの人々にとって、自分の墓や骨がその後強い誘惑になることを自らの経験からモーセは察知していたのかもしれません。モーセは後に続く民に対しても、深い配慮を残しつつ神に従って死んだのでした。

 

主の僕モーセは、主の命令によってモアブの地で死んだ。(申命記34章5節)

 

これが一神学生による危うい実存的読みです。モーセにおける一見理不尽とも思えるような神の取り扱いにそれを凌駕する神の秘められたご計画が伴わないことがあるでしょうか。アブラハムモーセ、ヨブに見る神への服従と静けさに私たちの生とそれにおける生活全体は沿うことができるのでしょうか。現代を生きる若いキリスト者同士が聖霊による取り扱いを受け、それを実現させていけるよう祈っていきたいと思わされます。

 

 

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晴天と新緑のコントラストに癒されて

 

脱万人救済説

すっかり冬も明け暖かい陽気に心も軽くなっているはずの季節、予想外にも雨や曇りの日が続き、いまだ肌寒さを感じている5月も中旬となりました。東京基督教大学に入学してすぐのころは手続きやオリエンテーションで頭がいっぱいになり学びのことに気持ちを向けることができなかったこともありましたが、一か月以上が経ち各授業にも慣れてきました。旧約聖書概論、新約聖書研究など、福音派の神学校ではありますがきわめて広く論理的・体系的な神学教育によって自分の中の基礎が形成されている実感があり期待以上の学びへの喜びがあります。

 

そんな中、私は福音派の神学校に入学した者として、避けては通れない問題に直面しています。それは、私の「万人救済説」へ偏る実存からの叫びにそうではない答えを見出すことです。私はこれまで、教義学や贖罪論などの研究・理解を怠ってきてしまった中で、自分の偏向した聖書の読み方が存在していることに気づいています。それは、福音主義信仰において許されることのない「自分の読みたいように聖書を読む」という営みであるのではないかとも思えるのです。しかし、私の中で万人救済説はあまりにも説得的に感じられます。実存をかけて、心から「そうでなくては困る」という自分の奥深いところからの呻きがあるのです。これは聖霊の導きか、それとも罪深い私の傲慢か。自分の傲慢さへの挑戦として、「脱万人救済説」を試みたいと思います。

 

 

・人間の信仰の危うさ

まず、なぜ私が実存から万人救済説に偏ってしまうのかという話です。東八幡キリスト教会の牧師でありNPO法人「抱撲」の理事長である奥田知志牧師は教会のHPに「『すべて』と『すでに』を告白する教会」と題して万人救済説を肯定するエッセイを寄稿しています。(東八幡キリスト教会HP:エッセイ2017年7月16日)古代キリスト教界において最大の教父と言われたオリゲネスもこれを唱えて晩年異端として排除されたことを引き合いに出しつつ、人間の意志や判断に救いの条件が付与されることに異義を唱えています。人間の「信じた」という告白にキリストの救いが影響され得るのかという問がそこにあります。これに私の心は深く共鳴してしまうのです。これまで、旧約時代において、弱い人間(イスラエルの民)は神に対して「信じる」と告白した後にすぐに裏切るというパターンを繰り返しながら歴史を歩んできました。果たして、最後の救いとしてご自身の独り子を捧げた神がまた同じようなパターンを繰り返すのでしょうか。これまで通り人間の応答を条件として救いを執行するのか。そもそも、「キリストがすべて」(コロサイ3:11)と言いながら人間の応答に最終的な救いの根拠があるのか。私は、この大いなる旧約のパターンの最後の成就としてキリストがあると考えています。深い人間と神の断絶の前に人は立ち得るのでしょうか。

 

「弟子たち、人間から神へ、あるいはキリストへの信仰の可能性は全く閉ざされたのです。これが受難物語の重要な一要素です。神と人間、神と世界のあいだの深い溝です」(松見俊)

 

救いの根拠はただ神の一方的な恵みであり、取引ではないと正当にも奥田牧師の言葉に納得してしまうのです。

 

「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。」(ヨハネ15:16)

 

 

・御言葉に見られる明らかな信仰の重要性

 

しかし、この説の前に最も大きな反証の壁となるものは前述の聖句と同じ書物(ヨハネによる福音書)に含まれる御言葉です。

 

「独り子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るためである。」(ヨハネによる福音書3:16)

 

「私の父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、私がその人を終わりの日に復活させることだからである。」(ヨハネによる福音書6:40)

 

「永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。」(ヨハネによる福音書17:3)

 

また、マタイの福音書にもイエス様が派遣した弟子たちが町で受け入れられなかった場合の裁きについて厳しく言及されています。

 

あなたがたを迎え入れもせず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいたら、その家や町を出ていくとき、足の埃を払い落としなさい。はっきり言っておく。裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。」(マタイ10:14-15)

 

そして、キリスト教の基礎的な神学を記したローマの信徒への手紙でも以下のように信仰の絶対的必要性に言及しています。

 

「わたしたちの主イエスを死者の中から復活させた方を信じれば、わたしたちも義と認められます。」(ローマの信徒への手紙4:24)

 

「口でイエスは主であると公に言い表し、心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われるからです」(ローマの信徒への手紙10:9)

 

理解の仕方⑴

この聖句について私が読み取った理解の仕方のひとつは、聖書の文字通り永遠の命を得るための条件としての信仰と信じない場合の永遠の刑罰を受け入れるが、決してそれを他者に適応させないという読み方です。ヨハネ3:16の御言葉も決して「そうであるから、死ぬ前にみんなに伝道して何とか救い出せ」という文脈で語られたのではなくニコデモ本人、ただ一人(そして読者)に語られたのです。誰もいない夜遅くに主イエスはニコデモに語りました。それはニコデモ自身の実存に一点集中させて語ったのではないでしょうか。決してニコデモが他者を裁くようになるために語ったメッセージではなかったはずです。

 

「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。」(マタイによる福音書7:1)

 

裁き主は神おひとりで私たちは決してその裁きに与することはできないのです。

 

同じ神学校に所属する清め派に所属する先輩は私にこう話してくださいました。「イエス様が昇天された今、弟子となった私たちがそれ(裁きへの警告)を代わりに行うのだ」と。本当にそうでしょうか。神の国ではクリスチャンによる裁きがすべての人の救いになるのでしょうか。

 

理解の仕方⑵

二つ目に私が仮定した理解の仕方は、新約聖書に記載されている永遠の刑罰はすでにキリストによって贖われたというものです。最後の究極的な救いがキリストの十字架なのであれば、現在の終末期における全人類の罪もキリストが負ったという理解です。これも奥田牧師の語る「すべて」が「すでに」完了した、という理解と言えるかもしれません。キリストの救いは時間や空間を超越しうると考えます。実際、御子は天地万物の創造される前から存在していた方で、受肉によって時間と空間の中に取り込まれ、その業は十字架において全人的で全世界的なものになったというパラドックスこそキリストの救いの広さ奥深さではないでしょうか。すべてのものがすでに過去も未来もすべてを救われたのではないでしょうか。

 

「しかし、恵みの賜物は罪とは比較になりません。一人の罪によって多くの人が死ぬことになったとすれば恵みの賜物とは、多くの人に豊かに注がれるのです。」(ローマ信徒への手紙5:11節)

 

「そこで、一人の罪によってすべての人に有罪の判決が下されたように、一人の正しい行為によって、すべての人が義とされて命を得ることになったのです。」(ローマ信徒への手紙5:18)

 

しかし、この理解の仕方には、神のストーリーがこれまで一直線的な時間の中で行われてきたことを無視する理解が含まれていると言えます。ユダヤ教の歴史は始めがあり終わりがあるもので、ヘレニズム的な永遠に時間は回り続けているという循環的時間概念からは完全に区別されます。その意味でやはりキリストの救いはイエス様が宣教を開始したその瞬間から後の時間(時代)に成就しつつあるという方が真実であると考えます。時間も神の造られた良きものです。

 

 

・ここまでの実存的結論

ここまでで、わたしは⑴と⑵の考えを突き合わせて実存に照らし、やはり「聖書の言葉通りに」理解する方に傾くしかないと思わされました。この二つのどちらに聖霊の導きがあるのか現段階で判断するとしたら⑴の福音派的信仰に依拠した考え方であると思います。聖書が語るそのままを読み取ろうとしたときに、永遠の命と永遠の刑罰の存在は否定できません。しかし、それは聖書によって語られた自分自身以外には誰にも語られていないということもまた事実です。「信じるものは救われる」これは聖書が語る真実です。そして、そこから当然導き出される「信じないものは永遠の刑罰へ」という明快な解は、聖書は語っていないと思うのです。この後者の解を導き出すことこそ聖書信仰から離れた飛躍ではないでしょうか。

 

・清め派の先輩からの提題~「火事の家の例え」~

先に登場した私に真剣に向き合ってくださった聖め派の先輩は、「地獄に行く人がいる(信じない者は永遠の刑罰へ)」ということを明確に認識する必要性として次のような例えを話してくださいました。

 

「二階建ての家が私の見えるところにあり、私はそれを外から見ている。その時、その家の二階には火事が広がり一階の住人は気づいていない。その時、なんとしてでも一階にいる住人にそれを伝え救わねばならない。たとえ、住人がこれ以上ない幸せそうな顔で過ごしているとしても戸を叩き警告しなくてはならない。」

 

この例えはクリスチャンが伝道するための動機としてはかなりインパクトがあるものであり、説得力があると言えるでしょう。「永遠の刑罰」への道が明らかとなった隣人を前にして今こそ救い出さねばなりません。勇敢にクリスチャンである私が救い出さねば…

 

ですがこの例えは大きな問題を二つ含んでいると思います。

 

  • その一つ目は、クリスチャンである私たちは他人の家の火事の前に、自分の家の火事に気付けていないということです。人の罪深さは燃える火のごとく、本来であれば一目見れば、また少しでも焦げたようなにおいを察知すれば気付けるはずの、そのくらい大きく明確なものです。しかし、自分の家の二階が燃えていることになぜ気付けず、人の家のことばかり見えるのでしょう。手元の火事に対処する前に他人の火事の対処をするのは理にかなっていません。(準備をしているうちに自分が火災に巻き込まれ元も子もありません)自分の内なる火事にも気づかないで他人の家の火事を正確にとらえることはできません。

 

「わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには顔と顔とを合わせて見ることになる。」(第一コリント13章12節)

 

「あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。」(マタイ7:3)

 

このように言うと、クリスチャンと非クリスチャンの区別性に着眼し、キリストを主と告白し救われた者は火事になるはずがない、と反論されると思います。しかし、果たしてそうでしょうか。キリストに救われた者は罪にもだえ苦しむことはなくなるのでしょうか。キリストがすべてを負ってくださったことに丸投げしあとはオールOKなのでしょうか。違うと思います。キリスト者となった私たちは燃え盛る自分の内的な火事に気付き、その十字架をキリストと共に負うのです。

 

「それから、弟子たちに言われた『私についてきたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。』」(マタイによる福音書16:24)

 

「心の貧しい者は幸いである。天の国はその人たちのものである。」(マタイによる福音書5:3)

 

その傷ついた、ぼろぼろに燃え焦げ朽ち果てた状態こそ「赦された」姿なのではないかと。そして、十字架を背負いついていくイエス様の後姿は、鞭うたれぼろぼろに傷ついた血だらけの背中です。その傷口からあふれ出る栄光を仰ぎ見るのです。燃え盛る炎は鎮火され、ぼろぼろになった自分の姿だけが残るのです。そこに「自分は救われ、それ以外は永遠の刑罰へ」と公に言い得る雄弁な自分の姿は残っていないのです。パウロもキリストに救われた後も現在形で自分が罪人であることを強調しました。

 

「わたしは、その罪人の中で最たる者です。」(テモテへの手紙Ⅰ 1:15)

 

  • また、火事の例えの二つ目の問題点は、キリストの救い、つまり福音は「グッドニュース」であるということです。喜びの、祝福のメッセージなのです。心から、ほっとする、シャローム(完全な平和)な響きを持ちます。そこには「お前の家は火事に燃えている!」という恐怖に陥れるような響きはありません。私が通う実習教会の牧師先生はそのことを正当にも「おいしいラーメン屋を見つけたら人に教えたくなるし、一緒に行きたくなるでしょ」という例えを話されました。「すごく安直な例で申し訳ないけど」と断りを入れて話されましたが、私は福音の本質を深いところで捉えていると感じます。キリストの救いはどこまで行っても喜びの便りであり、脅しではありえないのです。火事の例えよりもラーメン屋の例えにリアリティを感じるのは単に私がラーメン好きであるというだけではないと思います。

 

・二元論を一般化することの危険

聖め派の先輩の中にある二元的な考え(信じるものは救われ、そうでない者は永遠の刑罰へ 以下:二元論)に根差した信仰理解はいたってシンプルな、また明快な聖書からの読み取りです。この二元的理解は非常にわかりやすくとっつきやすいのです。しかし、このメッセージを単純に一般化するには聖書はあまりにも複雑なのです。教理としてこの二元論を一般化することに危機感を抱きます。聖書の言葉は徹底的に読む者の個人的救いに関与します。それは決して第三者が介入し裁くことで効力を発するものではないのです。(唯一、キリストの名による愛し合いにおいて第三者は介入を赦されています。)決して二元論や万人救済説という他者を裁定する一般化が適応されるレベルのものではないのが聖書という大いなる神の言葉の特性ではないでしょうか。

 

わたしは万人救済説を脱することができるとすれば、裁きは存在しそこでどう自分は告白するのか、それは永遠の命を得るための唯一の神への応答であるとしながらも、他者への裁定を徹底的に行わない、主に完全に委ねるという立場です。ヨハネ3章16節は徹底的に読む者、語られる者に直接語りかけるもので、取引的に提示される一般論ではないことを肝に銘じる必要があるのです。

 

 

・他者が地獄に落ちないように伝道するのか。

では、イエス様が昇天に際して弟子たちに宣教を命じた理由はどのようなものだったのでしょうか。一般化された二元論を念頭に置くとそれは、「他者を地獄に落とさないように救う働きを私たちは担っている」という動機が容易に連想されます。それは弱く死後の世界への不安が大きく感じられる現代日本人に対しては強いインパクトとなり、その地獄への道に対する恐怖を提示しながら一気に宣教を進めていくことができると思います。果たしてそれはイエス様が意図した弟子たちの振る舞い方・宣教姿勢なのでしょうか。奴隷のように主人からの刑罰を恐れるあまり信じることに追い込まれていく、そういう人間の姿を神は喜んでくださるのでしょうか。

 

「あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。(ローマ書8章15節)」

 

「愛には恐れがない。完全な愛は恐れを締め出します。なぜなら、恐れは罰を伴い、恐れるものには愛が全うされていないからです。」(ヨハネの手紙Ⅰ 4:18)

 

私たちキリスト者は、決して他者にキリストの救いを伝えようとするときに、奴隷を服従させるような刑罰による恐怖で従わせるようなやり方をしてはならないと思います。救われる者は「神の子」とされるのです。それは神と人との心からの結合、実存的な和解、家族的な有機的な繋がりなのです。その前提として永遠の刑罰の恐怖からの脱出を交換条件として提示していいはずがないのです。どこまで行ってもキリストの救いは「グッドニュース」です。

 

・ブルンナーによる万人救済説への言及

カール・バルトと共に弁証法神学運動の草創期を担った新正統主義の代表的神学者であるエミール・ブルンナーはオリゲネスによって提唱された「万人救済説」を否定しつつ、同時にカルヴァンの唱える「二重予定説」へ危険性にも言及しています。

 

キリストにおいて救われた者と並んで、永遠にわたって神の御前から追放され、慰めなき災いにおいて永遠に、あらゆる死よりも悪い生を生きねばならない他の者たちが存在しているに違いないということを考えることは、気の重いことである。しかしこのことを考えるとということ、こうした光景をありありと描写して見せることが、万人救済説に代わるもう一つの選択であるなどと、いったい誰が言うであろうか。少なくともキリストにおける救いについて聖書は教えているが、聖書の教えは決して、この救いを受け入れない他の者に用意されているものを詳細に思い描くようわれわれに委ねられているわけではない。キリストの言葉はわれわれのための決断の言葉である。(ブルンナー著作集第二巻431頁)

 

聖書信仰に私は立っています。それは、「キリストの救い」そして「キリストがすべて」ということを信じる、それにすがるということです。そして、その神と私自身のあいだに他者がどうとか、何が一般論として正しいとか、そういう不純物は入るスキはありません。ここで正当にも強調されているように、聖書はただ「われわれのために」、神の前に一人立たされた自分自身の決断の言葉なのだということでしょう。

 

私自身は聖書の教理・神学をストレスのない明快な「解」として導き出そうとし「万人救済説」に心が向いてしまう誘惑に陥りました。そして、それは対極で明快な「解」として存在する「二重予定説」への実存から湧き出るアンチテーゼが根源となっているのです。しかし、両方の立場に立つ者がどちらにも倒れず明快な答えが出せないという極めてストレスのかかる状態でい続けること(これは対話という方法に近いと思います)、十字架を負い合うことを放棄したときに「真理」への道は閉ざされます。このストレスを感じ続けながら神学を行っていく営みを怠った時、奥田牧師がいう宗教組織による「救いの独占」がうまれ、腐敗していくのです。そうであるならば、皮肉にも、万人救済説というストレスのない明快な「解」に安住する奥田牧師の姿勢にはここで示唆されている「真理」への道を自ら断念していると言えるのです。

 

論理的帰結(ストレスのない明快な「解」)はただ二つの過ち、すなわち二重予定説か万人救済説に導きうるだけであり、そのどちらも信仰の決断の現実性を破棄してしまうからである。ただ、この論理的自己満足の理論形成を断念することだけが、真実なる決断に余地を作り出す。福音とはすなわち、われわれを決断の中に立たせる言葉に他ならない。(ブルンナー著作集第二巻431-432頁)

 

・私の変化

私はこの文章を、先に登場した清め派の先輩が悩んでいる私に真摯に向き合って対話を試みてくださった経験を記録に残すために書いています。その経験は私を砕くとともに再建へのきっかけを与えてくれました。なぜ私が聖書信仰を掲げる福音派の神学校に導かれたのか。それは、徹底的にただ自分の実存のみによって聖書に向き合え、ということの訓練であると思うのです。わたしが万人救済説へ淡い憧れを抱いてしまう思いもキリストは取り扱ってくださると分かったときに、大胆に聖書を本当の意味で「そのまま」に読むことができると信じています。ただ、聖書にそのままに表れているキリストがすべてであるということにただただ慰められる、その福音の微かな香りさえあれば生きていける、と思えます。

私が福音派の神学校に入った理由

桜の季節がいつの間に過ぎ、肌寒さの残る早朝、夏に備えて葉をつけ始めた木々を窓越しにながめています。私がここ千葉県印西市に位置する東京基督教大学に入学してから二週間が経とうとしています。これまでの福祉職員として勤務し過ごしていた二年間の日々に比べると驚くほどの出会いや刺激に1日が千日のように感じられ、ゆっくりと濃い一週間を過ごしています。ここ東京基督教大学(以下TCU)にはおよそ180名ほどの「献身」を志したキリスト者が聖書を学ぶために集っています。大半は私より年下の若い献身者の群れです。クリスチャン人口の少ない日本にこれほど人生を主に捧げる若き意志が存在していることに主の御業の一端を驚きながら垣間見ています。

 

TCUは建学の精神の冒頭にも表れているように伝統的な福音主義信仰に基づいて教育がなされています。聖書を誤りのない神のことばと信じ、かつ信仰と生活の唯一の規範とする福音主義という立場は、日本バプテスト連盟の教会にこれまで所属していた私にとっては意識的に直面させられた「信仰選択」でありました。もともと、母教会では使徒信条を唱えたことはなく、聖書を文字通り読む(聖書の機械的霊感説)という営みをしてこなかった私にとって福音主義とは何なのかをここにきて明確に考えざるを得ませんでした。私の信仰は母教会の牧師(TCU卒業生)による霊的指導や牧会の現場に携わらせていただき形成されたもので、その信仰の立場がどこに立っているのかは曖昧なままでした。私の敬愛する母教会の牧師はこれを言ってはおこられるかもしれませんが説教を帰納的に構成することが多いと感じています。最初に教義に根差したテーマを提示しそれをほかの根拠を提示して論証していく(演繹的)というのではなくして、その時に与えられた課題や気づき、牧会的トピックを並列し説教者と会衆が一緒になって答えに向かって近づいていく(帰納的)のです。あくまで答えに向かって「近づいていく」のであって説教者はすべてを語りません。そして私の師は私に接するときも常に「一緒になって考えよう」と帰納的な関わりを求めてくださいました。そんな説教や師の関わりによって形成された私の信仰は、私の能力の不足で曖昧な立場から脱することはできなかったのかもしれません。ですが、TCU入学に際して検討した自分の立場を振り返ると、そういった「曖昧さ」は恵みとして受け取ることができるのではないかとも思うようになりました。それは、「確かなものはただ一つで、そのほかは朧気にしか見えていない。そして、曖昧さに全方位を囲まれている自分を自覚し続けること」の重要性を見出すことができたのです。それは「キリストがすべて(TCUのロゴマークに刻まれているコロサイ書3章11節の御言葉)」だということの気付きです。ただ、その一点が師や私の一番奥深いところで霊的な響きをもって鳴り続けているのです。通奏低音として響くキリストの姿は私自身の表面的なレベルにまででてくることはそう多くありません。核を囲む曖昧さは年を重ねるにつれ大樹の年輪のように厚くなっていくのでしょう。しかし、その通奏低音が外に漏れだす瞬間はやはり、人間の一番ささやかな愛の瞬間(The Little Sanctuary)、一番耳を澄ましたような瞬間にあふれ出すのではないでしょうか。そんなキリストの姿は私にとって個人的救いであり唯一の確かなものなのです。高音域は多重的に響くハーモニーの中で一番耳に残りやすい音域です。高音域にキリストの姿を響かせるキリスト者の姿に憧れと、負い目があることは否定できません。ですが、ハーモニーは高音域、中音域、低音域が絶妙な調和を見せたときに統一された音楽を造り出します。それは、福音派という立場が非常に広がりを持った立場であるということを示しています。それが、TCUの建学の精神の二つ目「超教派」であることの意味なのでしょう。私はこの福音派というハーモニーの中に私の立場、音域を見つけ出した、これが私が福音派である神学校に入学した理由のひとつです。

 

TCU入学試験では筆記試験のほかに面接が行われます。コロナ禍において対面でのやり取りを必要だと感じていた私にとっては、大学側が対面の入学試験にも対応していただいたことに感謝でした。面接において真剣に向き合ってくださった二人の教授は私に「キリストの十字架はあなた個人にとってどのような意味があったのですか」と問いました。私は口ごもりながら、私なりの「神の王国のリアリティ」を語りました。しかし、その答えは最初に問われた「個人的な贖罪理解」への回答の論点ずらしで正面からの回答を回避していたに過ぎない、そんな自分を見抜かれてしまった結果になったことは当然と言えます。真摯に向き合ってくださった教授の前に私は言葉を詰まらせました。これまで「神の王国」にリアリティを感じ慰めを得ていた私は自分の罪深さ、そしてそれを取り扱ってくださった神様の十字架におけるメッセ―ジを十分に受け取ってこなかったことに気づかされたのです。クリスチャンは神を個人的な心の安定剤として、天国に行くための切符発券機として利用しているのではないかという最近の神学者の問いかけに熱狂していた私は、神様の個人的なメッセージの深さを無視していたのだと思います。自分の中に巣作る罪は、本当に見えにくいのです。卑近な例で申し訳ないのですが、墨田区にある東京スカイツリーは日本で最も高さのある建造物です。遠くから眺めるときには暮れる夕日と東京の乱立する建造物とのコントラストが美しさを強調します。しかし、近くに寄れば寄るほどその全様は見ることができず、美しさは失われていきます。その「なんだかよくわからない」感覚だけが膨れ上がっていきます。罪もそのように自分の中にあるような近くから見た罪は見えにくいのです。これこそ人間の罪深さの本質でしょう。自分の立ち位置(マッピング)を見失いその果てに人は自分を神とします。(そしてバベルの塔は崩れ落ちました)

 

神学には福音主義に対して自由主義が存在します。史的イエスの探求を科学的歴史批判学的に検証し、信仰を必要とはしない絶対性の中で神を見出だそうとする営みは好奇心をそそるものです。ですが絶対性とは何なのでしょうか。信仰という軸をなくして検証される聖書は、見る人の視点で無限に乱反射します。それは先に挙げた「曖昧さ」というよりは「混沌」を意味します。そこには科学的歴史批評学的にとらえるだけでは地球を何度でも消滅させることができるほどの兵器を生み出す危険性と同じ不気味さがあると言えます。ただ、人に与えられた「永遠を思う心(コヘレトの言葉3章11節)」こそ本当の絶対性への感受性ではないでしょうか。それは聖書に一貫して流れる「ストーリー」としてまとまりをもった輝きを放ちます。

 

私はこの大学で「牧会」を志すものとして学びに召し出されました。この地に現れた天と地の重なり合う場所(それは教会にはとどまらず)に派遣され、その神の支配を多くの人の間にもたらしたい、そう思っています。神の国を延べ伝えたイエスキリストは一貫したストーリーの中を歩まれました。それは、ひたすら傷つき、弱くされ空っぽになった人々への慰めのストーリーでした。(マタイ5章八福)そこには史的に何が正しく考古学的に何が一番説得力があるのかというところに到達点はなくただ、弱くされ空っぽになった「小さき人」が十字架の前に深く納得することに重点があるのでしょう。そんなイエスのたどったストーリーの延長を歩かされるために、建学の精神に「実践神学主義」を掲げるTCUを選んだのです。

 

ここまで、福音派に身を置く私の内的理解について書きましたが、そういった内的統合はすでに起こった自分の姿を後から概観して見つけるものに過ぎないともいえます。私がここまで歩まされたのはどこまで行っても「成り行き」と言えるのかもしれません。そんなことを言ったら急に説得力がかけてしまうような気がしますが私がこう思えるようになったのも遠藤周作の自然体で語る入信の言葉が私の背中を押します。遠藤の母は遠藤が幼少期の頃、父親と離婚し傷心の中でカトリックのクリスチャンになります。そんな母をなぐさめたキリストへの信仰を遠藤は純粋に受け取ったに過ぎないと語ります。

 

私の場合は、自分の意志でなったんじゃないから、親がくれた許嫁みたいなのと結婚させられているんだから、こんなもの出て行けというような感じなんだけど、出て行けと言っても、向こうが出ていかん。女房みたいにね。居座っているような感じでした。(「私にとって神とは」P10、遠藤周作著、光文社)

 

遠藤は家が仏教なら仏教を信じていたとも言い切ります。その危うさの中それでも神は絶妙なセンスの人選で「選び」を実行します。イスラエルの祖アブラハムの父テラも、ウルの地で他の神々を拝み(ヨシュア記24章2節)アブラハムもそんな父の姿を見ていたことでしょう。アブラハムも一方的な契約によって、十分な神との対話もなく主に歩まされていたと言えます。

 

クリスチャン2世として生を受け、「羊を牧する人」にちなんでつけられた名前に無意識に感化されていたのかもしれません。思えば、大学や就職先を福祉の道に何気なく選んでいたのも両親の影響と言わざる負えませんし、神学校へと私を囲むすべてのものが用意されこの道に向かわせられていたと言えます。いわば自分はなく、私という空っぽの容器に神が「祝詞」を詰めてくださった、そう感じています。最近読み始めた漢文学白川静の言葉に、「サイ」(口の象形文字と思われていた)の本当の意味は神に祈りを捧げるために祝詞を入れる容器・装置なのではないかと言います。これは空っぽなら空っぽなほどその力は増すと言います。まさに、無的実存(小池辰雄)なるイエスキリストのどこまでも深い無の姿とも重なります。ただ、父なる神の御心を歩み無的存在になられたイエスキリストの姿こそ牧会者に求められる姿なのでしょう。

 

私の師にも自分が入学試験の面接で問われた「なぜ牧会を志すのか」という問いをぶつけました。「成り行きかな」と冗談でおっしゃったのかわかりませんが、そこにある深い霊性は聖書に一貫して流れる「一方的」な神の人への接し方の不思議な平安がありました。

 

「受け身の深さ」

その人をじっと見ていると、そこにその人がいないというか、消えているというかとにかくその人が破れてそこへ向かうから何かが差し込んできているような深い感じのする人がいます。思索の人、知性の人、教養の人にそれを感じるかというと、そうでもありません。むしろ愚鈍の身をいかんともし難く、迷い続けているような人に感じることが多いのです。心の内出血を支えられて生きているような人、その受け身の姿勢が深さを感じさせるのでしょう。人生において、受け身は弱さではありません。深さであります。「灰色の断想」P23、藤木正三著、ヨルダン社

 

「生かされて生きる」一方的な生き方は、深いところで無になっているか、と同義であるのでしょう。その姿こそ三位一体の神、コミュニケーション(双方的)の完全な形であるとは何とういう逆説でしょう。深い、低いところに流れる恵みを常に見落としてしまう私たちはいまだ完全な神の支配に伴うことはできません。

 

この水が流れるところでは、すべてのものが生き返る。(エゼキエル書47章9節)

 

 

 

 

TCUは福音派の神学校とはいってもすべての学生が宣教師や牧師を目指しているというわけではありません。すべての学生が「献身」の思いを持っているというのはこの大学の大切な特徴ですが、「献身」という言葉を「職業としての献身(直接献身と言われているようだ)」と規定していません。それは、本来的に正しいと思います。献身は立場や、社会的責任(職業)の表現として使われてしまうことが多いのですが、神の前にはそんな狭義のものであっては困るのではないでしょうか。「神」は立場だけを表す言葉ではありません。その物質的存在を表す言葉でもありません。特に、世界を支配する「働き」(熱)を通してその存在を知ります。神は「愛」ですと言われるように、そのコミュニケーションの中に存在が示されるのです。私たちは近代文明以降あまりにも存在を物質的・場所的に解釈してきました。そうではなく、存在の次元をもう一つ上げて「働き」として捉えるとさらに存在を力強く認識できるようになるのではないでしょうか。つまり、「献身」なるものは「働き」、もっと言えば「生き方」に意味が決定つけられるのではないでしょうか。

 

神はモーセに「わたしはある。わたしはあるという者だ。」と言われ…(出エジプト記3章14節)

 

わたしは最後に書いたように一方的な召しを用意され、そこを歩まされていると言えます。その途上にいる私は、エマオの途上における弟子たちのように失意の中でキリストを見出せない盲目さに葛藤してくことでしょう。ただ、低きに流れる十字架の水脈に何としても触れたい、今の渇きはそこにあるのだと思います。乾かない本当の水を求めて、お祈りください。

 

最後に、福音派とは「聖書を誤りなき神の言葉」と宣言することだと言えます。霊感において様々な見解が示されていることは明白です(機械的霊感/言語霊感/逐語霊感など)。その中において、実体としての「文字」の無誤を強調することの意味がどこまであるのかはまだ、無知な私には明確な答えはありません。しかし、「愛することにおいて」そのコミュニケーションにおいて、聖書を前にただただ沈黙し首を縦に振るしかない自分を見ます。霊感が実体や理性的なものだけではなくして「働き」において確かになる感受性がさらに与えられることを願うばかりです。

 



 

白川静の絵本「サイのものがたり」(編・画 金子都美絵/平凡社)を読み始めました。

2006年に亡くなった日本の漢文学者・東洋学者の白川静の絵本「サイのものがたり」(編·絵 金子都美絵 平凡社)を読み始めました。ページをめくると数ぺージ読むだけで内から溢れでてくる霊的な喜びで満たされます。漢字に現れている深い一般恩寵としての霊性は、本来ロゴス的であるはずの言語が多分に感情や感覚から生まれる有機的な要素に水源を得ていることを思わされます。

 

私たちが普段なにげなく使っている、というか煩雑さを覚えながらも使っている漢字は永遠なるものを感受する人間の霊性から来る希求(縦線)と、それでも人間であることの罪深さに自己否定を繰り返す断絶(横線)の交差点の集合体、つまり十字架の集合体です。

まさに聖書全体を貫く永遠と断絶の繰り返し(創造、堕落、救い、堕落、、、)のストーリーが漢字を構成しているといえます。形は様々ですが十字架はどの漢字にも現れており、全てのものの内にキリストはおられる、ということでしょうか。

 

「まことに主がこの場所におられるのに、わたしは知らなかった。」(創世記28:16)

 

ヤコブは兄エサウから祝福を奪い取り、実の兄弟から本気の殺意を向けられ逃亡します。生まれた時から兄の踵をつかみ常に兄を出し抜こうとしている人生をヤコブは歩んできたのですから当然ともいえます。そんなどうしようもないヤコブは逃亡中ある場所で「横」になり眠る中で夢を見ました。天にまで達する「縦」にのびる階段を見たのです。自覚があったのかわかりませんが、どうしようもないヤコブの横になった姿と永遠へと続く縦の階段はここで交差しました。ここに天と地の重なり合う点があったのです。

 

「ここは、なんと畏れ多い場所だろう。これはまさしく神の家である。そうだ、ここは天の門だ。」(創世記28章17節)

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The Little Sanctuary ―Hさんの死を通して―

 

私が働く身体障碍者入所施設では約五十人の身体障碍をお持ちの方が共同生活をしています。そこに住む方々は20年ほど入居されていることも少なくなく、その方の命全体をその施設の中でほぼ完結させている、循環させていると言えます。(日本の死入居型福祉施設の閉鎖性は課題です。)その中で、死というテーマに取り組むことは、そこに働く介護職員だけではなく、共に生活する方々も避けて通れるものではありません。この現場では常に人というものを深く考えさせられる場面に直面します。この文章も、私が働いている施設に入所されていたHさんの死に直面させられたことが動機になって書かれています。

 

・他者が死に介入するということ

Hさんが訪問看護や訪問診療などを受ける中でもうあと数日の命だと診断されてから、施設には異様な雰囲気が生まれました。末期がんを患いコミュニケーションもとることの難しくなったHさんの居室にはひっきりなしに人が出入りしました。その方のこれからの計画を相談する人たち、Hさんの体をケアする人たち、最後かと思って一目会いに来た人たち、Hさんが好きであった歌を大勢で歌いに来る人たち…孤独死をする高齢者が社会問題になるこの世の中で多くの人に見送られるHさんの暖かな最後に心が洗われるような気がしました。また見方を変えれば、普段とは明らかに違う喜怒哀楽が渦巻く「祭」がそこでは起きているような感覚もそこに抱きました。通常、人が亡くなった時には葬式という形である種の「祭」を行いますが、それは決まりきった儀礼というより人の死に伴った自然な他者の応答なのだとうことをこの時知りました。他者は(この時は施設のスタッフや他利用者など)人の死に直面すると、いてもたってもいられなくなる、何かをしてあげたい、と思ってしまうものなのかもしれません。「後悔が残らないように」その言葉は、死に向かう人というよりもそれに直面した他者の後悔という意味合いの方が大きいことは間違いないでしょう。死に向かう当の本人は直前の苦しさの中で他者のいたわりをすべて受け入れ感謝している暇も余裕もないはずです。葬式をはじめとする死にまつわる「祭」は残された人々のためにあるということは大事な点ではないでしょうか。ここで誤ってはいけないのが、死に直面した他者はその当人の死には介入できないということです。死のその時までの身体的苦痛を和らげたりすることはできても、その死に意味を持たせたり、その人の形而上学的な死後の世界の準備まで手伝うことはできないのです。言い方を変えれば、人は一人で死んでいく、その厳粛さの前に他者はその人を記憶し、沈黙するほかないのです。

 

「誰かが死ぬ、私は生きている。誰かが死ぬことと、私が生きていることのあいだには、何の関係もない。誰かの死と私の生は、徹底的に断絶している。誰かの死と私の生の断絶を、さらには、誰かの死と誰かの生の断絶を、思い知ることが弔うということである。」(小泉義之、一九九七:九/真鍋裕子「自閉症者の魂の奇跡」P97 )

 

誰かの死と私を結びつけると、そこには遺恨のようなものが残ってしまうことがあるのではないでしょうか。私のあの行動がいけなかった、あの人のあの行動がこの人を殺した、という死との連続性の中に生きるのは死に対する正しい向き合い方ではないのかもしれません。死後の事柄は最後まで隠されているのは、この生者と死者の絶対的な断絶に希望を見るためなのです。

 

私はクリスチャンとして不思議とその死の前に大きな心境の変化はありませんでした。私が薄情なだけと捉えてしまえばそれだけですが、最後の期間Hさんの介助にはいる際は時折祈りながら、この人が祝福され、そしてこの人に現れた主イエスに感謝しました。その霊性に調和した「最も小さい者のひとり(マタイによる福音書25章40節)」になったHさんと過ごした最期は、死を前にしての平安を私の中で与えてくれたのかもしれません。Hさんの死を知りあとは主に委ねる、Hさんが向かった場所がわからないからこその平安、そんな曖昧な、しかし確信的なシャローム(平和)を味わったのです。

 

・Hさんに現れる「神の国

先にも出たように、Hさんのもとには特に多くの人が訪れました。Hさんは愛され、人を引き付けるような人でした。70代後半であり車いすに乗っていたHさんは先天的な知的障害があり、知能は4から5歳児程度であるとよく説明されていました。長く続くコミュニケーションは難しく新人スタッフが最初に接するときは難しさがあるような方でした。しかしその分、自分の感情を素直に表出し、楽しい時は笑い、痛い時は怒り、日々の業務でストレスの多いスタッフは時折Hさんがいう「ありがとう」の言葉と笑顔に何度も助けられたのでした。私もHさんに助けられた一人で、決して特別の丁寧な介助をしているわけではないのに不意に感謝を述べてくれるHさんを前に胸が詰まるようになったことを思い出します。誠実に介助に入らねばと何度も思わされ、素直に感謝を述べつつ生きるHさんの姿がうらやましくもありました。天使のようなHさんの入浴介助に入る際は厳粛な気持ちで臨んだのもいい思い出です。洗体を行う際は、聖書的な行為である故(ヨハネによる福音書13章)私だけ隠れて祈りながら行うのですが、一生を車いすの上で過ごしたHさんの足は驚くほど細く、冷たくなっていました。弱弱しい足を洗う時、私なりのサクラメントを行わせていただいたのです。これこそ礼拝の身体性、祈り触れ合うことの重要性を学びました。―トマスも主イエスの復活を信じたのは、十字架にかかり死んだ方の脇腹に実際に触れた瞬間でした。―(ヨハネによる福音書20章24節から29節)

 

そして、今振り返るとHさんという神の国にわたしは触れていたのではないかと思うのです。先天的な知的障碍児として生を受け、身体も十分に整えられず、知能も幼児の様だと比喩されてしまうものしか与えられず、一見不遇を生きたとみられるのではないでしょうか。しかし、その方は私がかかわった最後の2年を見るだけでも、だれよりも大事なものを得て亡くなったと言えます。弱さを身に受け、素直に生き、感謝を伝えることをやめなかったHさんに見る霊性神の国の実現と言えるのではないでしょうか。

 

そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである』。そのとき、正しい者たちは答えて言うであろう、『主よ、いつ、わたしたちは、あなたが空腹であるのを見て食物をめぐみ、かわいているのを見て飲ませましたか。いつあなたが旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着せましたか。また、いつあなたが病気をし、獄にいるのを見て、あなたの所に参りましたか』。すると、王は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』。(マタイによる福音書25章34-40節)

 

地上に実現している神の国に触れ、かかわっていくこと、礼拝という形でキリストを賛美していくこと、これが私たち人間の造られた目的です。私はこの方と共にあった2年間の日々をもって退職し、伝道を志す日々に移っていきます。この2年間で受けた主の恵み、Hさんという神の国を感謝します、アーメン。

M先輩からの提題①

 

私が現在働いている身体障碍者の入所施設には、M先輩という先輩がいます。いつも、よい支援とはなにか、社会福祉とはなにか、ということだけではなく人生とはなにか、よい生き方とはなにかという哲学にも取り組んでいて、インテリかつパッションのある頼れる先輩です。そんなM先輩は私が宗教者であることを知っていて、様々な分野から宗教、特にキリスト教についての意見や疑問を投げかけてくれます。M先輩の様々な疑問・意見は無神論という確かな自覚の上に立ちながら、鋭い視点で宗教者として生きてる私に迫ります。しかし、そこにはキリスト教無神論というような二項対立はありません。お互い、探求の中にありながら、その途上で不確かさを抱えつつ、自分の立場と対になるものに触れていく作業には、コミュニケーションの基礎である「対話」の本質的姿勢があります。また、そのコミュニケーションはキリスト教の基本的な姿でもあるのではないでしょうか。

 

さて、いつもであればM先輩とのエキサイティングな意見交換は職場での短い空き時間や、息抜きとして持たれるお酒を交えた場で行われることが多く、その瞬間での自分の場違いな発言にいつも情けなさが伴います。今回は、少しやり方を変えて、拙いながらも文章でM先輩の提題を少しずつ考え、オープンに記していきたいと思っています。

 

M先輩の提題①―「ハイヤーパワー(自分のコントロールの外の力):神」とはなにか―

 

まず、M先輩は無神論という立場に確かに立脚しています。それは、世界が近代化を迎える中で人間が多くのものをコントロールし、創造し管理できるようになる技術革新に伴い主流となった思想ともいえます。近代前までは新生児は半数以上が成人になる前に死亡し、それを近代の医療は劇的に改善してきました。ここ200年の歴史の中で人間は「命」をコントロールできるようになったのです。それまでの世界では、とりわけ日本では「七五三」という文化に現れているように、新生児が三歳を迎え、五歳を迎え、七歳を迎えることを今では信じられないほど喜び祝ったのです。そして、神に感謝しました。自分たちの命がコントロールできない無力さは、自分の外にある力(神)に目線を向けさせます。どうすることもできない不条理を実感した時、神に願うのは人間の基本的な営みで、近代を経過してきた私たちよりも近代前の人々が神を強く意識しなければならなかったのは当然なのです。つまり、無神論という立場がいかに最近できた(近代化以降)新しいものであるかがわかります。私たちが当然と考えている無神論という立場は、実は歴史的には非常に特異で、更には現在においても世界的に特異なのです。つまり、近代日本に生を受けた私たちが当然だと感じている無神論的立場は、決して「普通」「中立」な立場ではないのです。

 

それを踏まえつつ、M先輩の最初の提題は、福祉業界とも接点のあるAA(アルコールアノニマス「匿名アルコール依存症者の会」)の取り組みの軸として提唱されている「回復への12ステップ」についてのものです。その依存症を改善するためのステップの中に、重要な要素として「ハイヤーパワー」つまり「自分を超えた大きな力」-神―の存在を認める、というものがあります。その、ハイヤーパワーつまり神の正体を無神論に立つM先輩はこう考えます。

 

ハイヤーパワー(自分のコントロールの外にある力:神)というものが人に影響を与えるという現象は、人間の自力の努力(自分のコントロールが及ぶ範囲)を前提としていて、そこにハイヤーパワーという「思考方法」を当てはめることで道徳的・効率的メリットが生まれる」(筆者による主旨要約)

 

というものです。確かに神を一つの「思考方法」「考え方」ととらえることは可能なのかもしれません。普通に生きていても生きていけるが、ハイヤーパワーの思考方法を利用することでもっと良い人生を歩める。そのような、ハイヤーパワー(神)を一つの対象物と捉え、人生のプラスアルファ的に考えるというのがM先輩のハイヤーパワーの理解でした。これは、よく朝のニュースで流れる占いを見て、結果が良かった時だけ信じる、というような状況に似ています。自分のコントロールの外側にある力「運気」「風水」などを選択的に人間のコントロールの補完的要素として利用するという考えです。これを「選択的宗教利用」と呼びましょう。

 

私は、このようなM先輩の「選択的宗教利用」の構造には無理が生じてしまうと考えています。それは実際にAAに参加する当事者一人一人の現状を見ても、またAAの大切な12ステップの第一ステップに目を移してもそれが鮮明に映し出されています。

 

【第一ステップ】私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなくなっていたことを認めた。

 

AAにおいて回復におけるすべての前提に置かれるのは「自力の否定」なのです。それは、アルコールによって家庭や立場、愛する人や大切な時間を失ってきた、悲惨を味わった依存症者にしかわからない唯一の希望なのです。よく、依存症に対して言われるのは「根性では治らない」「依存症は怠惰ではなくて病気だ」という自分でコントロールが「できない」ものだという事実です。そういう、課題に直面した時、神(ハイヤーパワー)は初めてその人に実感を持って迫るのです。それは、決して自力を補完するような思考方法でも、人生をプラスアルファでよくする対象物でもありません。すべてを失い、自分の中に何も希望などないと分かった時、依存症者は初めて回復の一歩目を歩みだす、それがAAの12ステップなのです。この第一ステップを飛び越えて次のステップに行くことはできません。それはつまり、「選択的宗教利用」は許されないということです。自分でコントロールできる力をすべて失ったとき、つまり、自分ではコントロールできない力にすべてを委ねると決心したときに、はじめてAAのプロセスは動き出すのです。

 

それは、私がキリスト者として生きる理由にもつながっています。私は依存症の診断を医療機関で受けたことはありませんが(当人:スマホ依存症etc…)この、破滅的な自分や、資本主義経済、核世界、孤独、分断を目の当たりにし、この世界自体に、そして私自身の「自力」に希望が見出せない悲惨さを読み取ったからです。そして、子供のころから身を置いていたキリスト教の中に「神の国(天の国)」という一寸の希望の光を感じたのです。それは、世界経済や核問題など大きな規模を考えた時だけに感じるのではなく、大部分は福祉施設障碍者の方々と接するときの自分の愛の無さや、家族に対する自分の悲惨なコミュニケーションなどの非常に身近な自分を顧みて感じるのです。

 

すべてのAAに参加する人々にとって神が単なる思考方法ではない、とは言い切れません。しかし、少なくともAAが創設されたきっかけとなったのは、信仰によって断酒を実現したサッチャーという男と、それを最初は受け止められないながらも自身も「スピリチュアルな体験」によって断酒を実現したボブという男二人の出会いからであったということは確かなのです。

 

「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである(マタイ5:3)」

 

アルコール依存症者は、このイエスの言葉にあるように、この地上で最も神の国に近い、真理に近づいた人々でもあるのです。本来人間は最も深いところでは自力ではどうしようもない悲惨さをみな共有しています。その、最も深いところにある悲惨さに気づいたとき、この世界の目的である「愛」についてのステップを歩みだすのです。「愛」とはつまりコミュニティ(共同体)、それはAAのミーティングでの当事者同士が互いを認め合い、弱さをさらけ出し合い、関わり合う姿に見られる「愛」です。この世界の鍵は「心貧しい人々」つまり、アルコール依存症者たちが握っているといっても過言ではないのです。

 

 

「たぶん神様は、信じる者たちが神に頼ることを、また地上にある神の共同体に頼ることを教えるために、ぼくたちアルコール依存症者を召しておられるのだと思う」(フィリップ・ヤンシー「深夜の教会」P18/あめんどう)

ロスジェネ世代とキリスト教

ここ数年、クリスチャン二世であり神奈川県の一地域教会の役員を行うものとして、これからの宣教について、ふと考えることがあります。その中で、一つのキーワードであり、1996年生まれの私のアイデンティティでもある「ロストジェネレーション(以下:ロスジェネ)」世代についてこれからの福音伝道、および宣教を考えていきたいと思います。

 

社会の急成長という実感など想像もつかない私たちロスジェネ世代。自分の行動が社会を変えるなどという発想は夢にも思わない、そんな世代です。物心ついた頃からデフレ、不景気就職難、貧困、が騒がれていました。私の幼少期の印象深いニュースと言えば、テレビ画面の中でアメリカのビルに二機のジェット機が突っ込んでいく光景と、それに伴う人々の悲鳴、不景気による節約ブーム、東日本大震災、等々です。私たちはいつだって人生の失敗、借金、孤独などの危機を意識しながら、競走社会となんとか折り合いをつけて幼少期を歩んできました。それが、普通だと思っていました。「人生は甘くない」という強迫観念を常に抱いて。

 

最近は、どうやらもっと上の世代の人たちはそうではなかったということがわかってきました。もっと今より明るい(?)時代があった、そんなことをlo-fiミュージックや80年代のファッションが最近の流行になる中で少しずつ感じています。現代の若者は当時のきらびやかな、ポジティブなファッションに憧れを抱いているのです。

 

戦後、日本は発展途上国からの脱却を目指し、常に上昇を志向し、オリンピック開催や東京タワーを象徴として(朝鮮戦争という悲劇を背景として)、先進国と肩を並べ始めました。技術世界一という冠を身に付け、敗戦という重荷からの脱却に成功(?)、バブル景気を経験してきました。そのときの成長を肌身に感じてきた方々とのギャップに最近は少しずつ気づいてきたのです。

 

特に、多世代が、利害関係を越えて混じり会うはずの教会においてそれを感じるのです。

 

少し前までの教会は傾向として増勢、増築、増収入を目指して教会形成をしてきたのだと思います。数字に一発で反映される伝道の成果は、どの教会にとってもモチベーションになったのではないでしょうか。「〇年後までには〇百人礼拝!」と謳うことは教会をまとめるという意味でも、教会維持のモチベーションの面でも大きな意味を持ったことでしょう。しかし、ロスジェネを生きたわたしたちにはそのモチベーションが実感をもって継承されることはありません。私が所属する日本バプテスト連盟の教勢報告を読んでも教会数、信徒数、財政すべてが右肩下がりなのです。唯一増加しているのは召天者数の欄だけです。教会が面に見えて成長するということの価値が問われているのです。教会がなすべきことはかつての「成長」に憧れ続けることなのか、それともほかに何かできることがあるのか、問われています。

 

私の幼少期、教会で「伝道しましょう!」と教育されても、いざ同じ学校の友達を教会に誘おうとするときに「怪しまれる」という大きなハードルが常に恐怖を伴って存在していました。コミュニティを作り出すはずの教会が私にとってコミュニティの破壊につながるという矛盾を抱えていました。その背景には、国内宗教史的ロスジェネを決定的にした地下鉄サリン事件(1995年)の影響があるのだと思います。実際文化庁の宗教者年間推移を参照しても、その翌年1996年に大きな落ち込みを見せ、その後は緩やかに、しかし着実に宗教者数は減少しています。幼少期のクリスチャンであった私は宗教に対する社会の不信感の中で生きている実感を強く感じていました。

 

教会の中での世代のギャップに初めに気づいたのは「政治」に対する姿勢のギャップが50代60代の兄弟姉妹と私たちの間に多きく存在しているのがわかることでした。1960-70年にかけて安保闘争、学園闘争を繰り広げた上の世代に見られるような、実感を持った政治意識、感情や生活感をもって政治に参加するという意識はロスジェネ世代の私たちにはありません。50代60代の兄弟姉妹が政治に対して鼻息を荒くして語るのを、愛を持って受け止められないのです。これは私が所属する日本バプテスト連盟に特にみられるのではないでしょうか。

 

2年前の神奈川バプテスト連合が開催した修養会のテーマは「宣教のパラダイムシフト」でした。そんなサクセスエイジの宣教体制からロストエイジに対応する宣教体制になんとか移行しよう試行錯誤する上の世代の傍らで、ロスジェネ世代の私たちはなんだか肩透かしを食らうのです。そんな社会のパラダイムがシフトしていることは何年も前から、というか私たちは物心ついたころから完了していることを知っていて、時代錯誤な宣教体制の中にわたしたちは置かれ、今更移行しようと努力しているのか、という少しの失望感がありました。

 

少なくともロスジェネ世代の私たちは、自分達の宣教姿勢を自から構築する必要があるのです。パラダイムシフトをなんとか行おうとしている上の世代に合わせていては遅いのです。今を生きるロスジェネ世代の私たちは「ポスト・ロストジェネレーション」を内発的に作り上げることが期待されます。しかし、若者の内発性をもロスジェネは奪ったともいえます。時代が移行していく中で不変である福音への情熱がここでは重要になり、上の世代はその情熱の継承を新しい仕方でロスジェネ世代に行っていく必要があるのです。

 

具体的にはどんな宣教体制がポスト・ロスジェネを生み出すのでしょうか。私はやはり、これまでの「数字上の成長」を目指してきた増教勢志向から、教会に集う一人一人の命を「まるごと」抱えられるような教会形成が求められると考えています。教会は命の「宗教面」を専門に扱う場所ではなく「まるごと」(医療的・社会的・経済的etc..)扱う場所ではないでしょうか。私は、そんなことを現在通っているふじみキリスト教会の取り組みの近くにいさせてもらって思うのです。

 

至る面で「希望」をそがれたロスジェネ世代の私たちには、もはや教会しかないのではないかと思うのです。クリスチャンが地の塩(マタイ5章)として、教会が捕囚地での「ささやかな聖所(エゼキエル書11章)」となるためには「命まるごと」を扱う宣教へと向かっていくのではないでしょうか。